「注文をまちがえる料理店」参加レポート

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    9月17日、話題の「注文をまちがえる料理店」に行ってきました。会場となったのは六本木アークヒルズ近くのレストラン。運営の仕方はいわゆる全席入れ替え制で、予約客は指定の時間に会場を訪れ決まった席に案内されます。

     

     

    ウェイティングスペースで待つ間、コンセプトが書かれた冊子が配られたので読んでいました。持ち帰れないとのことでしたが写真はOKだそうです。

     

     

    前の回の客が退出すると素晴らしい手際で片付けが行われ、一番奥のテーブルの人から順に案内されました。席に着くと手拭きタオルやナプキンにデザインされたてへぺろマークに目がいきます。デザインは隅々まで徹底され、制服や店内装飾にも行き届いていました。

     

     

    はじめに認知症をお持ちの4人の方が自己紹介をしました。この方たちだけエプロンをし、他のスタッフはTシャツでフロアに立ちます。どうやら当初は屋外席も使用する予定だったようで、店内の広さに対し大変多くのスタッフがいました。25人ほどの客数に対し同じくらいいたように思います。

     

     

    あいさつのあと、各テーブル担当のウェイトレスの方たちが水を運び、注文を取りに来ます。記入式のメニュー表と聞いていたような気がしましたが、厳密に言うとメニューとオーダーシートは別でした。数字を書かなければいけない形式になっており、担当のTさんは少し苦労していたように見受けられました。

     

     

    まずはどのメニューを頼んでもついてくるサラダが出てきます。希望者にはサラダに胡椒をかけていただけるのですが、大きすぎるミルは見栄えが優先されたと感じました。一緒に胡椒をひくなど、ここはうまくコミュニケーションのきっかけにしたいところです。

     

     

    料理はスムーズに遅滞なく作られて出てきます。これだけの数の料理を(たとえ3種類とはいえ)次々と賄う厨房はよほど周到に準備を行ってきたのだろうと想像します。なお配膳に際しては厨房からフロアまでスタッフが運び、

    Tさんらは「ラストワンメートル」を運ぶだけで済むようになっているので、客が自分の注文を覚えていれば間違いはそう起きないのではないかと思われます。

     

     

    食事が済むと、気がついたTさんがお皿を下げてくれました。そしてデザートのオーダーを取りに来てくれましたが、私たちのテーブルは飲み物が全員ホットコーヒーだったのでそれほど迷うことはなかったと思います。ただ「4」という数字を書かないといけないので少し苦労をされていました。

     

     

    てへぺろマークのとらや特製どら焼きとコーヒーが運ばれてきたあと、チェロとピアノの演奏が行われました。
    奥様が若年性認知症でピアノを弾けなくなってしまったこと、ふたりで乗り越えようと練習してきたことが語られ、息のあった演奏の後、大きな拍手を受けられていました。

     

     

    この演奏を持って「注文をまちがえる料理店」は終了となり、アンケートを記入し退出しました。

     

     

    以下、感想を書きます。
    コンセプトも運営も大変良く考えられていました。暖かい雰囲気の中で、認知症の方もそうでない方も、一緒に協力して何かをなそうというチームワークも感じられました。休憩用のスペースもきちんと用意されており、当事者の方たちの体調面もしっかりカバーされていたようです。実は途中でシフトに入っていなかった方が、ややこわばった表情でフロアに出てこられ、帰りたがっているように見受けられる場面がありました。どうなるかなと思って様子を見ていましたが、その後「クルマきました」といった業務連絡の声が聞こえてきたのでなんらかの対応をされていたようです。認知症の方が帰りたいときに帰れないような状況であれば、どんな素晴らしい取り組みでも批判は免れませんので対応していただけて良かったと思います。

     

    とてもスムーズに、時間通り、期待にたがわず行われたため、個人的にはまったく別角度の思いを持つに至りました。認知症になっても働ける、認知症になっても社会の役に立ちたい、というのは、特に最近は当事者の皆さんから聞こえてくる声です。今回の「注文をまちがえる料理店」はそんな願いをよく汲み取った画期的な取り組みでした。一方で認知症ケアに携わっている人ならばご存知でしょうが、認知症当事者の方は時間や場所の感覚を失いやすく、また疲労しやすいなどの理由により、予定通り何かを行うことを不得手とする傾向があります。最近の認知症ケアにおいては、その日やることをあらかじめ決めきらず、朝、皆さんの顔を見て、一緒に考えながら決めるのが良いとされています。つまりシフトに合わせるような働き方は当事者の方に非常な努力を求めざるをえないということです。今回の取り組みではそこをみなさんのお祭り的な熱量で乗り切っているように感じましたが、ここまでできないと認知症の方が「働く」といえないとすると、ちょっと気が重くなるというのも偽らざる感想です。

     

    これはもう青臭い独り言ですが、私たちの社会は、サービスや、もっと大きく言えば他者への期待を少し下げたほうがいいのではないかと思います。予定通り、期待通りにことが運ぶことを優先しすぎず、(今回の件で言えば、客側は認知症の方の体調不良による臨時休業だって理解しなければ)少しできなかったり、休むことに寛容な世の中にしていくことは、認知症の方だけでなく、さまざまな課題を持ちながら生きている私たち全員にとって悪いことではないと考えます。認知症を知り、認知症への誤解を解き、世の中をちょっとだけ認知症の人に合わせてみる。そんな提案はどうしたらできるだろうとひとり考えます。


    コメント
    偶々見ていたテレビでも放映していたので大変に興味を持って拝読しました。元々ボランティア精神のない私ですから、このような問題を語る資格などないのですが、ここで働く認知症の方はご自分の意思でこの仕事に従事されたのでしようか。またこの様なお店を選んでわざわざ通うお客さんはどの様な思いでお出でになられたのだろうか。毎日の生活の中で生甲斐を見出すことが難しくなってきている私達に、生甲斐を無理に持たせることが果たして良いことなのかなどと考えています。
    • 柏崎 一男
    • 2017/09/18 1:56 PM
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